Dr.Cinema

博士の愛した映画

舟を編む

「用例採集」

はじめて聞いた言葉だが,すごく印象的な言葉. いわゆる新しく辞書を作るために必要な「言葉集め」.

普段気にせず使っている言葉を他の言葉で説明したり,無駄を省いて簡潔に正しい用例を記述するのは,難しいということに思いの外気づかされる. 本作で取り上げられている「右」の説明では,各社辞書での説明の仕方に編集者の創意工夫が感じられて面白い.

作品は,主人公の十数年にわたる「大渡海」辞書編纂中心に,香具矢とのなれそめが描かれる.

新しく辞書を作るということが,いかに大変な作業で時間がかかるものなのか. 地道だが間違いの許されない厳しさ,生きている間にできないかもしれない焦燥感が感じられた. 辞書編纂チームのメンバー達が個性的で,地道な作業ながら,そこには物語があって面白い.

十数年かかるがゆえに,時代の変化,言葉の流行り廃りもありながら,一歩ずつ着実にゴールへと向い,辞書作りにかけた男達のかっこよさが伝わってくる.

結果がすぐに求められる世の中で,自分が興味を持つことができる十数年のプロジェクトを進められるというのは,ある意味サラリーマンにとっては幸せなのかもしれない.

そして,完成後はまた改訂に向けて動き出そうとする姿には恐れ入る.

一方で,香具矢との恋物語では,言葉を扱っていながら,不器用で想いを伝えられない馬締のおかしさが描かれる. 松田龍平は,口数が少ないアウトローの役が多いけど,馬締みたいな違う意味でアウトローな役柄が新鮮. 宮崎あおいは,馬締に対して苛立ってみせる厳しい表情が印象的. こんな夫を支える妻は,大変だろうなぁと思わずにはいられない. しかし,「馬締って面白い」という言葉だけで,終始しめられていたのは少し残念.

ただ二人の関係を通して,「言葉は相手に伝えるためにある」,相手の意図を正しく理解するためにも正しい辞書が必要であるという,生きた言葉の重要性は伝わってきた.

辞書を見る目を変えてくれる情熱が感じられる作品でした.